Whale Shark flickr photo by Mike Johnston shared under a Creative Commons (BY) license
私たちが知りうる限り、世界で最も大きな魚はジンベエザメだ。通常、ほとんどの個体は体長6~10m、重さは10~20t程度に収まるが、なかには10mを超え、最大級のものではなんと18m以上にも達するという。しかし、地球上に生息する動物のなかでも屈指の大きさでありながらも、その生態はいまだに多くの謎に包まれている。
ある生物の生態について調べるためには、野外での観察が必要不可欠だ。しかし、陸上に生息する生物と比べ、海洋生物ではこれが非常に困難となる。それは世界最大の魚類であるジンベエザメであっても例外ではない。しかし近年では、バイオロギング技術の発達や飼育方法の確立によって、私たちはようやく、その謎に迫ることができるようになった。
体のサイズには体温が大きく関係する
一般に、体のサイズと体温には密接な関係がある。それは海洋生物において特に顕著だ。水は熱伝導率が高いため、海に生息する生物の体温は常に海水温に影響を受ける。体温が低くなれば、それだけ代謝能力や活動能力が低下してしまうため、水中生物にとっては体温を保つことが非常に重要になるのだ。
体表面からは体温が常に奪われ、エラ呼吸によって血液は冷えてしまう――ほとんどの魚は、こうした海水温の影響に対抗するための体温調節能力がない外温性であるが、一部の魚類では活動能力を高めるために体温を保つ特別な仕組みが備わっている。
例えばマグロ類やネズミザメ類などでは、全身を通って温かくなった静脈血と、エラ呼吸によって冷やされた動脈血が毛細血管で交わり、熱交換をおこなう奇網(きもう)とよばれる特殊な組織を発達させており、海水温よりも高い体温を保っているのだ。しかしながら、このような特殊な機能を持たなくとも、体温を維持する方法がある。単純に、体のサイズを大きくするのだ。
whale shark flickr photo by jeff~ shared under a Creative Commons (BY) license
ジンベエザメが巨大になったのは体温を維持するため
海水温は深く潜るほど大きく変化する。海面から数百メートル潜るだけで水温は数℃~数十℃も異なるのだ。ジンベエザメが深海にいる動物プランクトンにありつくためには、この急激な温度変化に適応し、活動能力を維持しなければならない。そこで、ジンベエザメは体を巨大にすることでこの問題を解決した。
体が大きくなれば、そこに蓄えられる熱容量が大きくなる。さらに、体積が大きくなるほど、体積に対する表面積も小さくなるため、海水温の影響を受けにくくなるのだ。より単純化すれば、”大きなお肉ほど冷めにくい”ということになる。ただし、大きなお肉を温めるにも時間がかかるものだ。ジンベエザメは1日の大半を、日光が当たるような温かい層で過ごして熱を蓄えるという。
最新研究で明らかになった巨体の秘密
これまで、ジンベエザメに関するさまざまな研究成果をあげてきた沖縄美ら島財団、および美ら海水族館は、長崎大学や東京大学と共同でジンベエザメの放流時に行動記録計と体温計を装着し、ジンベエザメの野外における行動と、水温に対する体温の変化について調べた。
計測の結果、ジンベエザメの体温の上限は海水温と同じくらいであり、ジンベエザメは他の魚と同じように体温が海水温に左右される外温性であることが確認されたという。どうやら、ジンベエザメには熱を生み出すような能力はなく、体温の調節は海水温に頼っているようだ。
測定時、ジンベエザメの体温は海水温と同じ30℃であったが、ジンベエザメはそこから一気に深度400mの深海まで潜水をはじめた。海水温は短時間のうちに30℃から15℃までに低下したが、一方でジンベエザメの体温はゆるやかに低下するだけで、海水温が15℃の深海で数時間滞在しても、体温は20℃までにしか変化しなかった。やはりジンベエザメは、海水温の変化に強いようだ。
今回の調査では、なんとジンベエザメは深度1,000mという、漸深層(ぜんしんそう)に到達するほどの深さにまで潜ったという。水温はなんと3~4℃ほどしかない。これほどの深さにまで潜った理由について、研究者さえもよく分からないという。いずれにせよ、これほどの低水温でも活動することができるのは、この大きな体によって熱が蓄えられているからなのだ。
Whale shark, Rhincodon typus, at Daedalus in the Egyptian Red Sea. flickr photo by Derek Keats shared under a Creative Commons (BY) license
2019年には、ジンベエザメの口のなかから、なんと新種のヨコエビが一度に1,000匹も発見された。このヨコエビは「ジンベエドロノミ」と名付けられたが――私たちはジンベエザメという生き物、そしてそれらを取り巻く環境や生態系についてほとんど理解していないのかもしれない。調べれば調べるほど、ジンベエザメの謎は深まっていくばかりだ。
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