明治はじめ頃に網にかかった謎の魚「龍魚」の正体とは?

2020年6月28日

世界各地で伝承されている伝説上の生物、あるいは未確認生物の一部はもしかしたら、本当に実在していたものかもしれない――。神奈川県の川崎市市民ミュージアムには、明治6年(1873)の3月に茨城県の沖で網にかかったとされる「龍魚」を報じた刷り物が展示されている(※1)。

龍魚
明治6年(1873年)3月に発見され、報じられた「龍魚」。

龍魚

龍魚という名前は、古くは紀元前4世紀から3世紀頃に書かれた『山海経(せんがいきょう)』にも妖怪としての紹介があるが、どうやらこの刷り物に描かれている魚とは無関係のようだ。他にもアジアアロワナや、絶滅したサウリクティスという魚類も龍魚と呼ばれることがあるが、この龍魚はそのどれとも似ていない。

「龍魚」と書かれているこの魚の大きさは八尺、つまり約2.4mもあったという。非常にごつごつとした鎧のような鱗を備えており、私たちが普段見かけるような魚ではないことは一目瞭然だ。しかし、もしかしたらお気づきの方もいるかもしれない。この魚はチョウザメそっくりなのだ。

sturgeonsturgeon flickr photo by KoiQuestion shared under a Creative Commons (BY-SA) license
チョウザメの一種。明治に日本で発見された種とは異なる。

龍魚の正体はチョウザメ?

チョウザメはアジア大陸北部、北アメリカ、ヨーロッパなどの北半球のみに分布する魚類で、淡水にのみ生息するものと、沿岸の浅海に生息し、産卵時に遡上するものがいる。サメとあるが、軟骨魚類ではなく硬骨魚類であるため、サメとは大きく系統が異なる。体表にある硬い鱗(うろこ)が、蝶のような形をしているために”チョウザメ”と呼ばれている。この刷り物に描かれている魚は、まさにチョウザメそのものだ。

日本ではかつて東北地方以北の海に数種が分布しており、北海道沿岸ではダウリアチョウザメやミカドチョウザメなどが産卵のために石狩川、天塩川を遡上していたとされているが、大正時代から急激に減少し、現在では国内のチョウザメは絶滅したと考えられている。現在でも稀に発見されることはあるが、こうした個体はどうやらロシア由来のようだ。

明治頃までは日本でも北海道から東北にかけてチョウザメが生息していたため、この刷り物のチョウザメは、東北から南方に迷い込んだ個体を、偶然にも捕らえられたものかもしれない。

この刷り物は約150年前に、木版を彫って印刷されたものだが、実に見事なものだ。魚の特徴を正確に捉えており、現代の私たちがみても、容易にチョウザメであることが分かる。線と塗りつぶしの部分だけで、これほどまでに美しい”作品”を作った、当時の職人の技術がうかがい知れる。

(※1)
現在、神奈川県川崎市市民ミュージアムは2019年10月12日に甚大な被害をもたらした令和元年東日本台風の被害により、地階にあった収蔵品の大部分が浸水被害に遭ったために休館しているという。川崎市市民ミュージアムの1日も早い復旧を心からお祈り致します。復旧状況についてはこちらから。

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