宮崎大学、国立科学博物館、東京慈恵会医科大学の研究者らはこのほど、正体不明の奇妙な寄生虫「芽殖孤虫」(がしょくこちゅう)の全ゲノム解読に成功したと発表しました。
芽殖孤虫によって引き起こされる芽殖孤虫症は、全世界での感染報告例が疑い例を含めても18例のみという極めて稀な寄生虫感染症です。
感染経路は不明で、患者の体内では条虫の幼虫がさまざまな臓器や皮膚で無分別に増殖し死に至ります。その生態・生活環はよく分かっておらず、幼虫の姿しか確認されていないためその正体は未だ謎に包まれています。名前の「孤虫」とは”親がいない”、すなわち成虫が見つかっていないことから名付けられました。
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芽殖孤虫症の最初の症例は1904年に東京大学病院皮膚科を受診した33歳の女性で、顔面や頭部、上肢を除く全身の皮膚で長さ3~12mmほどの糸くずのような寄生虫が分裂して増殖しているという、これまでに類のない症例が報告されました。それ以降、全世界でこれまでに18例が芽殖孤虫症として報告されており、すべての例で死亡が確認されています。
この芽殖孤虫症は極めて稀な病気であるためこれまで研究が進んでいませんでしたが、実は1981年にベネズエラで発生した症例から芽殖孤虫が分離されており、これまでマウスに移植することで実験室内で維持され続けていました。
そしてこのほど、研究チームらは引き継がれた芽殖孤虫から高品質DNAを抽出し、次世代DNAシーケンサーによって塩基配列を決定しさせ、全ゲノムの解読に成功しました。
芽殖孤虫は成虫になることができない?
解析結果によると、芽殖孤虫は約6億5,000万塩基対で、極めて多くの反復配列を含んでいるため他の寄生虫であるエキノコックス(約1億1,500万塩基対)や回虫(約2億7,000万塩基対)、日本住血吸虫(約3億7,000万塩基対)などに比べて塩基対の数が非常に多いことが明らかになったといいます。
また、全遺伝子数は18,919個で、近縁とされているマンソン裂頭条虫の全遺伝子数22,162個と比較してやや少なく、成虫にまで成熟するのに必要な遺伝子を欠いてると考えられることから、成虫がいないのではなくそもそも成虫になることのできない「真の孤虫」であることが指摘されました。
芽殖孤虫は裂頭条虫目に分類されることが明らかに
これまで芽殖孤虫は、マンソン裂頭条虫の異常個体という説、またはマンソン裂頭条虫と近縁だが別種の条虫であるとする説が提唱されてきました。
今回の解析により、マンソン裂頭条虫のゲノムと全体的な構成はよく似ており、マンソン裂頭条虫と同じ裂頭条虫目に分類されることが確定されたものの塩基配列からして明らかに「別の生物」であり、マンソン裂頭条虫の異常個体であるとする説は完全に否定されたといいます。
今回の解析により研究は大きく前進しましたが、芽殖孤虫の感染経路や進化的過程については未だによく分かっていません。特に、その治療法については現在のところ外科的な摘出しかないのが現状です。
今後はゲノム情報の解析による代謝経路などの解明により、有効な新規薬剤の開発が期待されています。
Reference:謎の寄生虫「芽殖孤虫」のゲノムを解読 -謎に包まれた致死性の寄生虫症「芽殖孤虫症」の病原機構に迫る-
芽殖孤虫の生態の解明と芽殖孤虫症の治療法の探求 -東京慈恵会医科大学-
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