北太平洋の冷たい海に生息するオンデンザメ。
水深2,200mもの深海に生息しているため調査はあまり進んでおらず、未解明な部分が多いものの、北大西洋に生息する近縁種のニシオンデンザメは400年以上も生きることが報告されているため、オンデンザメも同様に長寿であると考えられています。
私たちの人生の何倍も生きるこのオンデンザメとニシオンデンザメですが、多くの個体はその生涯の大半を盲目で過ごすと言われています。
BBC one Shark 「Greenland shark」
実は、これらのサメのほとんどの個体にはある寄生虫が取り付き、彼らから光を奪っているのです。
オンデンザメの眼に寄生する寄生虫
オンデンザメの眼に寄生するOmmatokoita Elongataはカイアシ類の一種で、オマトコイタ属唯一の種です。ややピンクがかった白色をしており、体長は約3cmほど。
▽コペンハーゲン大学の海洋生物学者であるJulius Nielsen氏が撮影したオンデンザメの一種。波と眼球の動きに合わせて、寄生虫「オマトコイタ」がまるでストラップのように揺れています。
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地球上で最も種数の多い多細胞生物といわれているカイアシ類といえど、ほとんどが0.3~5mmほどの大きさであると考えると、3cmもあるオマトコイタはかなり”巨大”な種であるといえます。
この寄生虫は、オンデンザメやニシオンデンザメの片側または両側の眼に寄生して取り付き、徐々に角膜に損傷を与えてオンデンザメから視力を奪い、やがて暗い世界に閉じ込めてしまいます。
▽この個体もオマトコイタに寄生されているようです。撮影場所:アラスカ
なぜ目を選んで寄生するのかについて詳しいことはよく分かっていませんが、オンデンザメの皮膚はいわゆる”サメ肌”でザラザラとしており、そもそも付着することが困難であるか、あるいは眼に付着したほうが海底や岩などにぶつかって取れてしまう危険が少ないなどの利点があるのかもしれません。
オンデンザメは鋭い嗅覚を持つ
見た目も生態も実に奇妙な寄生虫ですが、さらに奇妙なことに、オンデンザメやニシオンデンザメはこの寄生虫に寄生されても全く平気なようです。
というのも、オンデンザメやニシオンデンザメは数km先の獲物の匂いもかぎ分けることができるほどの非常に鋭い嗅覚を持つとされており、生活するうえで視覚に依存していません。
オンデンザメやニシオンデンザメは「世界で最も泳ぎが遅い魚」として知られており、獰猛な海のハンターとして積極的に獲物を追いかけて捕らえる他のサメとは異なり、獲物の匂いを嗅ぎつけながらゆっくりと移動し、口に入るものなら死骸だろうが何でも吸い込んで食べます。したがって少なくとも、目がみえなくても食べ物には困らないようです。
▽オンデンザメがエサに群がる魚を丸ごと吸い込んで捕食する様子。この個体もオマトコイタに寄生されていますが…見えていないはずの眼がギョロギョロと動く様子は一種の恐怖を感じさせます。ORICON NEWSより
寄生虫がエサをおびき寄せるという説も
このように、オンデンザメとこの寄生虫の関係は完全な片利共生のように思われますが――もしかしたらオンデンザメにとっても利点があるかもしれません。
実は、カイアシ類は生物発光をすることで知られており、もしかしたらオンデンザメの獲物を引き寄せるのに役立っている可能性が指摘されています。
近年では海洋研究開発機構(JAMSTEC)により駿河湾におけるオンデンザメの調査が続けられていますが、もしかしたらこの寄生虫の謎が日本の研究者により明らかになるかもしれません。
まるで”目を奪われてしまう”ような、オンデンザメと寄生虫の奇妙な関係。今後の研究にも目が離せません。
Reference:Ommatokoita: (No) sight for sore eyes
BBC one 「Greenland shark」