成虫になるまで十年以上もかかる、北極に生息する蛾「ホッキョクドクガ」とは?

「世界で最も幼虫の期間が長い昆虫」は何かご存じだろうか?答えは「セミ」だ。例えば、私たちがよく知るアブラゼミの場合は3~6年もの間、幼虫が土のなかで木の根から樹液を吸って生活している。“素数ゼミ”と呼ばれる素数周期の生活サイクルを持つセミのなかには、最長で約16年もの間、幼虫でいるというのだから驚きだ。

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しかし、このセミにも引けを取らないような昆虫が、あらゆる生物を拒絶する極寒の北極圏に生息している。凍てつく雪の大地がわずかに肌を出す夏の季節、白い大地に似つかわしくない栗色の細い体毛――ホッキョクドクガと呼ばれる蛾の幼虫だ。

ホッキョクドクガ
Mike Beauregard from Nunavut, Canada / CC BY

トモエガ科(旧ドクガ科)のGynaephora groenlandicaGynaephora rossiiの2種は、高緯度北極圏のわずかな夏のあいだに、ホッキョクヤナギをはじめとする植物を、ただひたすらに食べる。

食べたあとは、太陽光に対して体を垂直に向けて日光浴を行う。ホッキョクドクガは1日のうち約60%の時間をこの日光浴に費やしており、こうして体温を上昇させることで体液の循環や消化酵素の反応促進といった消化機能を向上させるのだ。

研究によると、ホッキョクドクガの成長率および代謝効率は5℃で最小となり、30℃で最大となるという。日光浴を行ったホッキョクドクガは体温が20℃以上、最大で30℃ほどにも達することから、ホッキョクドクガにとって日光浴が非常に重要な行動であることがよく分かる。

夏の時期が終わるころ、ホッキョクドクガは岩の隙間などに隠れて冬眠の準備をはじめる。なぜ生物にとって極低温が危険なのか――極端に代謝が低下してしまうのもそうだが、大きな理由の1つには、細胞の凍結がある。

肉や魚を冷凍し、それらを解凍したときに汁(ドリップ)が出てしまうが、これは水が凍って氷になったときに体積が増加するため、凍結や解凍によって細胞が壊れ、体液が流れ出てしまうために起きるものだ。

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ホッキョクドクガは冬眠中、体が氷漬けになってしまうが、不凍液の成分として知られるグリセリンや、トレハロースなどの“不凍物質”を体豊富に蓄積しているため、なんと、たとえ-70℃の低温であっても体内が凍ることは無い。

体内の代謝能力を極限にまで低下させ、一種の仮死状態となるのだ。こうして極寒の地の厳しい冬をしのぎ、ただ耐えながら夏の季節を待つ。そして、夏が訪れたときに再び動き出し、また植物をただひたすらに食べるのだ。

こうしてホッキョクドクガは何年も幼虫のまま、夏の時期は植物をひたすら食べ、冬眠するという生活サイクルを繰り返す。摂取できた栄養量や平均気温などにもよるが、だいたい7年、最長で14年以上も幼虫のままで過ごすのだ。

そして、何年もエネルギーの貯蓄を続け、ようやく適正体重になると、最後の夏に糸を紡いで繭(まゆ)を作り出す。この繭は、単に体を固定するだけでなく、適度に保温して天敵である寄生バチや寄生バエの侵入を防ぐ役割がある。南に頭を向けて繭を作るのは、このほうが方向転換せず最も効率的に太陽からの熱を蓄積できるからだという。

数日後、灰色のフワフワと太った成虫が繭のなかから現れる。こうして成虫になったホッキョクドクガは、ひと夏のあいだにパートナーを見つけて交尾し、産卵を行うのだ。ホッキョクドクガのオスは、活発に飛びまわるが、メスは羽があっても飛ぶことはほとんどない。これは、冬に活動する日本の蛾にもみられるような特徴だ。メスは活動エネルギーを節約しながらフェロモンを放出し、オスをおびき寄せる。

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ホッキョクドクガ
Gynaephora groenlandica。生息地によって個体の色にやや差がある。AとCがメス,
BとDがオスだ。メスはオスよりも体が一回り大きい。オスは、メスのフェロモンを探知するために触覚が大きい。
Credit:First Records of the Arctic Moth Gynaephora groenlandica (Wocke) South of the Arctic Circle: A New Alpine Subspecies

ふ化した幼虫は、自らの命、そして次の世代へ繋ぐためにふたたび、極寒の地でただひたすらに耐えながら、成虫になるまで栄養を蓄え続ける。

単純な幼虫期間の長さでいえばセミの方が長いかもしれないが、土の中に埋まって木の根から樹液を吸い続けるセミとは比較にならないほどの過酷さだ。空へ飛び立つ日を夢見て、ただひたすら耐え忍んで栄養を蓄える彼らの一生は、どこか教訓のようにも感じられる。