日本国内のトキ絶滅と同時に、トキウモウダニが絶滅していたことが明らかに

トキウモウダニが絶滅

2003年、日本で最後のトキ「キン」が死亡した。乱獲や水田の減少、農薬の使用などが原因となって日本に生息するトキの個体数は急激に減少し、大正時代末期にはすでに日本からほとんど姿を消していたという。その絶滅の陰に、実はもうひとつの種が絶滅していた。トキと共生するダニ、トキウモウダニである。

トキを宿主とするトキウモウダニとは?

トキウモウダニ(Compressalges nipponiae)はダニ目ナミウモウダニ科に属する、体長約0.4mmほどの小さなダニだ。体は褐色で扁平であり、オスよりもメスの方が一回り大きい。その一生をトキの体の上で過ごし、風切羽の羽軸に沿って”しがみついている”そうだ。

トキウモウダニ
トキウモウダニ(Compressalges nipponiae)。東邦大学2020年プレスリリースより

ダニといっても、マダニのように吸血するわけではなく、トキの羽毛の屑や油、カビなどを食べるため、相利共生の関係であると考えられているが、その詳しい生態などは明らかになっていない。

このトキウモウダニは特定の動物を宿主とする宿主特異性が強く、鳥類のなかでもトキだけを宿主に選ぶことが知られていた。そのため、トキウモウダニは長らくトキと共に絶滅したとされ、環境省のレッドリストカテゴリーでは野生絶滅(EW)に分類されていた。

しかし近年ではトキの人工繁殖が進んでおり、このトキウモウダニが再び発見される可能性が浮上したのだ。環境省はトキウモウダニのカテゴリーを一時的に情報不足(DD)に分類し、生息を確かめるべく調査を行った。

トキウモウダニは今も国内に生息しているのか?

東邦大学と法政大学の研究者らは、環境省のレッドリスト見直しによる現地調査の一環で、トキを宿主とするウモウダニの調査を行った。まず最初に研究者らは、1995年に死亡したトキ「ミドリ」と、日本最後の個体である「キン」の羽毛を調べた。これらはかつて日本に生息していたトキの、数少ない貴重なサンプルだ。

日本最後のトキ、キンのはく製

佐渡トキ保護センターにある、日本で最後のトキ「キン」のはく製。

その結果、これらの羽毛からはトキウモウダニが68個体と、同じくトキに寄生するウモウダニ、トキエンバンウモウダニを35個体発見した。

次に研究者らは、1999年以降、中国からの個体を始祖としてトキの人工繁殖を行っている佐渡トキ保護センターにおいて、調査できる可能な限りのトキの羽621枚を調べた。これは現在、国内に生息しているトキの羽であり、トキウモウダニが1匹でも見つかれば絶滅していないことになる。

しかし調査の結果、羽からは178,000個体ものウモウダニが発見されたが、それらは全てトキエンバンウモウダニで、トキウモウダニは1匹も見つからなかったという。この調査結果を受けて、環境省は2020年3月にトキウモウダニのレッドリストカテゴリーを野生絶滅(EW)から絶滅(EX)に改定した。

トキウモウダニが国外にいる可能性は?

現在、トキは人工繁殖が進められており、個体数の増加によって2019年にはレッドリストのカテゴリーが野生絶滅(EW)から絶滅危惧ⅠA類(CR)へと改定された。2020年5月時点で189羽のトキが国内に生息しているが、それはかつての「日本のトキ」ではないことを、トキウモウダニが私たちに語りかける。

ある生物が絶滅すると、その生物と密接に関わっている種にも大きな影響を及ぼし、取り返しのつかない結果を招く――それがたとえ、私たちにとって何の関わりのない、目に見えないほど小さな生き物であっても、だ。

トキウモウダニは最初、ロシア沿海地方と中国国境に位置するハンカ湖から新種として記載されたもので、日本固有種というわけではない。論文では「おそらく地球上からも絶滅した」と結論付けられているが、もしかしたら国外にいるトキの、温かな羽毛の中で今もひっそりと暮らしているかもしれない。

現在のトキの繁殖状況についてはこちらから
佐渡トキ保護センター

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