捕食者に狙われた動物の意外な行動――「ハンディキャップ理論」とは?


Ethiopian gazelles obviously concerned by the foreign intruder. flickr photo by Phototravelography shared under a Creative Commons (BY) license

スプリングボックの群れに、世界最速の動物チーターが忍び寄る。狩りの成功率は40%~50%という、大型ネコ科動物でも屈指の相手にはスプリングボックも油断ならないはずだ。にも関わらず、スプリングボックの一部の個体はあろうことか、軽快に高跳びをしながら逃げていくのだ。ほとんど垂直に飛ぶため、もちろん普通に走るよりも逃げるのは遅れてしまううえに、体力も必要以上に消耗し、さらには捕食者であるチーターに目立ってしまうのだ。ストッティングあるいはプロンキングと呼ばれるこの謎の行動は、長らく動物学者たちを悩ませた。

そこで考え出されたのが「ハンディキャップ理論」だ。
チーターやライオンなどの捕食者は、狩りを仕掛けたとき、ただ群れを追いかけるだけではない。最も狩りが成功しやすい個体を見定めて、獲物を絞り込まなければならないのだ。怪我をしている個体や、病気にかかっている個体、身体機能が未熟な子どもなどは捕食者が狙うには丁度いい獲物だ。

そこで、スプリングボックたちはわざと高跳び(ストッティング)を行って、自らが健康で元気な個体であることを捕食者にアピールするのだ。確かに逃げるのは遅くなるうえに捕食者から目立ってしまうが、それでも余裕を相手に見せつけることによって、捕食者に追いかけることが不利であると思わせる。

自ら不利なハンディキャップ行動を行うことで、結局は生存に有利になるように働くという仮説が、このハンディキャップ理論なのだ。実際に、チーターやライオンなどの捕食者は、高跳び行動を行う個体ではなく、すぐに逃げ出そうとする個体を襲うという。


IMG_6697 2 flickr photo by Vogone shared under a Creative Commons (BY-SA) license

怪我や病気、さらには体力があまり無いにも関わらず、必要以上に高跳び行動を行う個体は捕食されてしまうため、このような個体はだんだん淘汰されていく。しかし、体力があまり無くても、高跳びを行って元気であることをアピールすれば、捕食者から狙われずに助かることもあるだろう。これは捕食者と被食者との駆け引きでもあるのだ。この高跳び行動はスプリングボックだけに限らず、ガゼルやヒツジなどでも観察される。

ハンディキャップ理論は広く受け入れられているが、高跳びを行う理由については他の説も提唱されている。例えば群れの仲間に敵がいたことを伝えるための行動であるという説や、メスに体力があり健康であることをアピールするものである、という説もある。

面白い説では、捕食者に対して”既に発見している”ことをあえて教えることによって、捕食者が追いかけることを諦めさせる、という説もある。確かに、捕食者からするとこちらの存在に気が付いている相手を仕留めるのは大変な労力だ。この説は、ガゼルなどが長時間・長距離に渡って獲物を追跡するリカオンに対して、高跳び行動をすることなく逃げることが観察されていることからも支持されている。

生き残るために編み出された、動物たちの奇妙な行動――捕まったらもちろん命は無いが、軽快に跳ねまわりながら逃げる姿が、どこか少し楽しそうに見えるのは何故なのだろうか?

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