脳死者の手足が動く「ラザロ徴候」とは?

2018年10月3日


Lazarus flickr photo by Thomas Hawk shared under a Creative Commons (BY-NC) license

脳死した患者が、突然両腕を挙げた。 腕はそのまま胸の方へと向かい、祈るような仕草をしたあと再び身体の脇へと戻った。”死んだはず”の人間に、一体何が起きたのだろうか?

これは「ラザロ兆候」と呼ばれる現象だ。もしかしたら、”ラザロ”という言葉に聞き覚えがあるかもしれない。ラザロは『ヨハネ福音書』に登場するイエス・キリストの友人で、病死して墓に埋められたラザロをイエスが復活させたという有名な話に由来しているのだ。ラザロ徴候は脳死後の患者が自発的に手足を動かしたり自発呼吸を行う現象で、1984年にアラン・H・ロッパーが脳神経科学術誌『Annals of Neurology』で初めて報告した。

脳死とはどのような状態なのか?

従来までは、心臓と呼吸の停止、瞳孔の散大などをもって死亡とされてきたが、人工呼吸器の出現によってこれらの条件を満たす前に、脳の全ての機能が停止する状態が発生するようになった。このような状態を現在では「脳死」として定義している。

脳死はそのまま脳が死んだ状態、つまり脳の機能すべてが失われている状態であるとされている。しかし、ラザロ徴候ではまるで意識があるかのように複雑な手足が動き、脳幹がまだ機能しているかのように自発的な呼吸などが見られるのだ。現在では、ラザロ徴候は脳を介さない脊髄反射によって起きるものと考えられているが、このラザロ徴候を根拠として脳死に疑問の声を挙げる人々がいる。

脳死は”本当の死”なのか?

欧米をはじめとする世界のほとんどの国では脳死は”人の死”であるとされているが、これに反対する声も少なくない。ラザロ徴候は脳死者の人工呼吸器を外した際によく見られるが、脳死を”人の死”とすることに反対する人々には、このラザロ徴候が脊髄反射によって起きるものではなく、人工呼吸器が外されたために脳死者が自発呼吸を必死に行おうとしている体動であると主張する者もいる。

また、脳死体の臓器を移植する際にメスを入れると急激な血圧や心拍の上昇、さらには手足を激しく動かすなどの行動がみられる場合がある。このような脳死患者には麻酔が処置されているが、反対派ではこれを「激しい痛みを感じている証拠」であるとして批判を繰り広げているのだ。しかし、この麻酔の処置は脳死者の”痛みをとるため”に使用されるものではなく、移植手術に支障が生じないように脳死体をコントロールするために行われるものだ。このような血圧・心拍の上昇や手足の激しい運動は脳を介さずに行われる脊髄反射によるもので、これは脳死者でも起こりうる。


Toby flickr photo by Swaity shared under a Creative Commons (BY) license
『ヨハネ福音書』に由来する医療用語にはラザロ兆候の他にも”ラザロ現象”が知られている。これは心肺蘇生が中止され、心停止した患者の心拍が再開する現象だ。ラザロ徴候と混同されることも多い。

しかしながら、脳死と診断された状態から回復した例も数多く報告されている。本当に脳死状態から回復したのか、あるいは脳死診断が適切では無かったのかは定かではないが、これは決して無視することはできない問題である。脳死者の心臓は確かに脈打っているし、体には温かさを感じる。遺族は到底死んだということを受け入れられないし、その情緒は決して切り離すことができない。遺族にとってのラザロ徴候は単純な脊髄反射ではなく、大切な人が最後の力を振り絞った”祈り”に他ならないのだ。

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