人体で最も小さい骨「あぶみ骨」と最も小さい筋肉「あぶみ骨筋」とは?


Ear flickr photo by Travis Isaacs shared under a Creative Commons (BY) license

人体では大小さまざまな筋肉や骨がそれぞれの身体機能を担って、私たちの日常生活を支えている。骨の数はおよそ200個、筋肉の数は600個を超えるといわれている。ところで、人体にある数多くの骨のうち、最も大きな骨はどこにあるか見当がつくだろうか?

正解は、太ももにある大腿骨(だいたいこつ)だ。一般的な哺乳類では大腿骨が最も大きく、大きさは成人で約40~45cmほどもある。この長さは身長の約4分の1であるため、身長を推定する際に利用されることがある。

大腿骨は太くてとても丈夫であるため、古くは短剣として加工され武器として利用されていたことがあるそうだ。ちなみに、1968年に公開されたスタンリー・キューブリック監督のSF映画作品『2001年宇宙の旅』で、知性を手に入れた類人猿が最初に武器として利用したのも、この大腿骨である。

大腿骨は人体を支え、歩行や走行を行うために大きく発達している。では、人体のうち最も小さな骨はどのような大きさで、どのような機能を持っているのだろうか?

私たちの耳の奥には耳小骨(じしょうこつ)と呼ばれる、音を鼓膜から内耳へと伝達するために、小さな3つの骨がつながっている部分がある。音が伝わる骨から順番につち骨(槌骨)、きぬた骨(砧骨)、あぶみ骨(鐙骨)という名前が付けられており、それぞれの骨の形状に似た道具の名前がつけられている。つち(槌)はハンマー状の道具、きぬた(砧)は布を叩く道具、あぶみ(鐙)は乗馬をする際に足をかける道具だ。

鼓膜はつち骨に、つち骨はきぬた骨に、きぬた骨はあぶみ骨に、あぶみ骨は奥にある内耳へとそれぞれ音を伝えていく。それぞれは関節と靭帯によってつながっている立派な骨であり、これらの耳小骨の作用によって音の振動はおよそ25倍にも増幅されて内耳へと伝えられる。

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この耳小骨のうち最も小さな骨が「あぶみ骨」であり、人体で最小の骨でもある。大きさはなんと2.5~3.5mm程度。重さも0.002~0.004g程度しかないのだ。さらに、人体で最も小さな筋肉はこのあぶみ骨に付いており、「あぶみ骨筋」という。大きさは3mm前後と、あぶみ骨とほぼ同じくらいの大きさだ。ところで、なぜこんなにも小さな筋肉が必要なのだろうか?

耳小骨

耳小骨は音の振動を内耳に伝えるほかに、振動を増幅させて音を聞き取りやすくする働きがある。しかし、耳に入ってくる音が大きかった場合(90dB以上)、耳小骨がさらに音の振動を増幅させてしまうために内耳がダメージを受けてしまうのだ。これを防ぐ役割を担っているのがあぶみ骨筋である。大きな音が振動として耳小骨に伝わってたとき、あぶみ骨筋は反射的に収縮することで、音の振動を小さくして内耳へのダメージを軽減させる働きがある。

ちなみに、鼓膜にくっつているつち骨にも鼓膜張筋という小さな筋肉があり、大きな音が伝わってきたときにあぶみ骨筋と同じように収縮することで鼓膜と耳小骨の振動を抑えてダメージを軽減させる働きがある。

あぶみ骨が原因で起きる耳硬化症

あぶみ骨やあぶみ骨筋は非常に小さいが、音を聞くために非常に重要な部分だ。しかし、何らかの原因によってこのあぶみ骨が変性して硬化し、うまく振動しないことによる難聴が起きる場合がある。

耳硬化症(じこうかしょう)といわれているこの病気は思春期頃に発症することが多く、片側だけではなく両側で同時に症状が発生しやすい。進行性で、徐々に難聴が進んでいくため本人が気付かない場合がある。患者は相手の聞き取りづらいために、しばしば会話での声が大きくなったりすることがよくあるという。難聴以外の症状としては耳の閉塞感や耳鳴り、稀にめまいなどが現れることがある。

耳硬化症は興味深いことに、人の声以外はよく聞こえたり、騒がしい場所の方が逆に人の声が聞き取りやすくなるなどといった特異な症状がみられることがある。

かの有名なベートーヴェンは30歳頃には難聴の症状が現れ、彼が50歳になる前にはほとんど聴力が失われてしまっていたが、人の声がほとんど聞こえなくなっていた状態にも関わらず、背後でピアノを演奏している弟子の間違いを指摘するといったエピソードがあったことなどから、難聴の原因はこの耳硬化症であったという説がある。一時は自殺も考えたベートーヴェンだったが、聴覚を失ってからも熱心に創作を続け、交響曲第9番など数々の名作を創り上げた。

この耳硬化症の原因は不明だが、家族で耳硬化症を発症しやすいことや、男性と比べて女性が2倍以上発症しやすいという理由から遺伝的な要因が関与していると考えられている。治療には手術が行われ、変性してしまったあぶみ骨を取り出し、人工で作られた新しいあぶみ骨と入れ替える施術を行う。患者の年齢などによっては治療せずにそのまま補聴器で聴力を補う場合もあるという。

人体における最小の骨と筋肉であるあぶみ骨とあぶみ骨筋は、その大きさ以上に重要な役割を果たしており、そこに大小の優劣はない。大きさの違う歯車が組み合わさって、それぞれがうまく機能することで私たちの生活が支えられているのだ。

最小の筋肉は立毛筋?

皮膚の毛根にある立毛筋は筋膜に覆われておらず、周囲との筋肉との境界が明確ではないため、単独で大きさを比較するのは非常に困難である。筋膜で覆われており、単独で比較することができる筋肉の中では、やはりあぶみ骨筋が最小の筋肉ということになる。

札幌市青少年科学館よりアドバイスを頂きました。この場を借りてお礼申し上げます。

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