手がしわしわになる「漂母皮化」はなぜ起きるのか?


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長時間、温泉やプールに入っていたり、皿洗いなどをすると手がしわしわになった経験があるだろう。この現象は「漂母皮化(ひょうぼひか)」と呼ばれる現象だ。漂母とは洗濯業務を行う使用人の女性、または綿を水で叩き洗いして白くする「漂」という作業に携わる女性のことだ。漂母の多くは高齢であり、手がしわしわであったことも理由の一端なのだろうが、おそらくは長時間水に晒されながら作業をしていたため漂母皮化が起きていたことに由来しているのだろう。

漂母皮化がどのようにして発生するのかについては、これまで様々な説が提唱され活発に議論が行われてきた。その中の一つに「浸透圧によって水分が吸収されてふやけたため」という説がある。

浸透圧が生じる例としては、野菜を塩もみしたときに野菜から水分が出てくる現象がよく知られている。野菜に塩をすりつけると、野菜の内側にある水分よりも、野菜の外側にある水分の方が塩分によって濃度が高くなる。このとき、濃度の低い方から濃度の高い方へと水が移動する圧力が生じる。これが浸透圧だ。

漂母皮化はこれと同様の原理で、お風呂やプールなどの水よりも体内にある水分の方が濃度が高いため、浸透圧によって水分が体内へと吸収されることで指がふやけてシワができるというのだ。しかしこの説は間違である。

試しに、体内にある水分の濃度(生理食塩水の濃度)よりも高い濃度の塩水を作って数十分間手をつけてみるといいだろう。体内にある水分よりも塩水の方が濃度が高いにも関わらず、同じように手はしわしわになる。つまり、水の濃度に関わらずこの現象は発生するので、浸透圧の影響ではないことは確かだ。

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漂母皮化は、遺体などを医学的に鑑定する法医学では特に重要な手がかりとなる。例えば遺体に漂母皮化が形成されているのは水中死体の一般的な特徴であり、この遺体が半日以上水に浸かっていたことを示している。

実は、この手がしわしわになる現象は「角質層が水分を吸収する」ために起きるという。皮膚の表面では何層もの死んだ細胞が重なっている角質層と呼ばれる層があり、この角質層に含まれるケラチンがよく水分を吸収して膨張するために、角質層がしっかり張り付いている部分では溝ができ、張り付いていない部分では水分を吸収して膨らむために指にシワができてしまうというのだ。角質層は全身に存在するが、これが手足の指にだけ引き起こされる理由については「手足にある角質層は0.5~1mmと分厚いため」と考えられている。

この角質層によって漂母皮化が引き起こされるというこの説は、近年さらに驚くべき発見があった。なんと、指の神経を切断したり薬で神経の伝達をさまたげると手足の指がしわしわにならないことが明らかになったのだ。つまり、角質層が水分を吸収するというこの現象は神経系の反応によって制御され、引き起こされていたということになる。しかしながら、なぜこのような機構が私たちの体に備わっているのだろうか?

この謎を明らかにするために、イギリスのニューカッスル大学の神経科学研究所の研究チームはあらかじめ指を漂母皮化させてしわしわにさせたグループと、何もしていないグループで、濡れたガラス玉や鉛玉が入った容器から親指と人差し指を使って別の容器へと移動させる実験を行った。その結果、指をあらかじめしわしわにさせていたグループの方が約12%も速く作業を行うことができたのだ。この実験結果は、漂母皮化が濡れた表面の物体をうまく掴むための進化的な適応である可能性を示唆している。

それならば、最初から指がしわしわになっていれば良いのではないか。このことについて、研究主任であるトム・スマルダースは「指がしわしわになると指先の感度を鈍らせてしまうなどの代償を発生させてしまうかもしれない」と指摘している。
日常生活に垣間見る進化の歴史――もしかしたら、人体にはまだ、我々の知らない驚くべき機能が隠されているのかもしれない。

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