冬に舞う蛾「フユシャク」の生態―なぜ翅を退化させたのか?


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工業地帯で蛾が暗色化した例を紹介した通り,生物が編み出す生存戦略はたびたび私たちを驚かせる。蛾といえば夜道の電灯をせわしなく飛び回る姿を想像してしまうが,蛾の仲間にはメスが飛ばないという生存戦略をとった種が存在する。

その一つ、シャクガ科のフユシャクと呼ばれる蛾のオスは通常の蛾に特徴的な 薄茶色の地味な色をした羽があり、飛翔する事はできるが、そのメスは羽があっても飛べないかあるいは著しく退化しているか消失しており、とても蛾とは思えない全く別の昆虫であるかのような姿をしている。一説によるとフユシャクは体の表面積を減らし、冬という低温環境で活動できるように羽を退化させたのだという。一説には、通常の昆虫が活動できなくなる気温10℃~マイナス2℃という環境下でも活動ができるという。


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クロスジフユエダシャク(Pachyerannis obliquaria)の交尾。上に位置しているのはメスだが,羽が極端に退化しているのが分かる。

このようにオスとメスで極端に形状が異なっている事を性的二形といい、一般的な例ではカブトムシやチョウチンアンコウ等が存在する。

フユシャクは春に卵から孵(かえ)り、幼虫は葉っぱを食べて夏の間に蛹(さなぎ)の状態で過ごす。そしてその名が示す通り成虫は12月~3月の冬の間に活動するのだ。フユシャク種類や成熟の早い個体、その年の気温などによって晩秋には既にその姿が見られることがあるという。天敵となる他の肉食昆虫や小型動物がいなくなる冬に活動することで捕食される危険性を低くすることができる。

特徴は他にもあり、チョウ目に見られるストロー状の口吻(こうふん)も無いか、あっても著しく退化縮小している。フユシャクは幼虫の時に蓄えた栄養のみで生活するため、成虫になってからは他のチョウ目と違い蜜を吸う事は無い。

さらに、移動できないメスはふ化してから間もない幼虫はなんと糸を使って風に乗り、空を飛ぶことができる「バルーニング」と呼ばれる方法で移動し、生息域を拡大させることができるという。他にも一部のクモがこのバルーニングを行う事ができる。


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チャバネフユエダシャク(Erannis golda)のメス。もはや蛾とは思えない姿をしている。

最も特筆すべきは生殖の生態だ。メスは飛ぶことができないので,代わりに性誘引物質(フェロモン)を放出してオスを誘き寄せて生殖を行うのだ。蛾の愛好家たちにとっては、夏の夜間に水銀灯や蛍光灯などで誘い出して捕獲するという通常の採集とは異なり、冬の昼間に歩き回って捕獲するという従来における昆虫採集の醍醐味を味わうことができるとなかなか評判がいいそうだ。近年では数十年もの間確認されていなかったカバシタムクゲエダシャクという幻の蛾が再発見されたとあって、全国のフユシャクマニアが歓喜に沸いたという。

本記事では飛べないメスの蛾としてフユシャクを中心に紹介したが、ミノムシで有名なミノガのメスはミノムシの状態で一生を過ごす。動物の全種のうち5分の4を占める節足動物。フユシャクはその多様性が作り出す脅威の生存戦略の一例に過ぎないのだ。