2015年12月12日 投稿
2018年07月25日 更新
彼はいつでも自分に会いに来てくれる――ただの同僚であるにも関わらず、彼女はそれを確信している。彼が話しかけて来ないのは、自分と対面することが気恥ずかしいからであって、彼があの女性と親しく話をしているのは、きっと私に仲が良いことを見せつけて、嫉妬させようとしているのだ――
患者は何の疑いもなく、相手から熱烈に愛されていると確信する。クレランボー症候群(またはド・クレランボー症候群やドゥ・クレランボー症候群とも呼ばれることがある)は妄想障害・恋愛妄想(エロトマニア)の一種で、J.E.Dエスキロールというフランスの精神医学者が発見し、その研究を受け継いだ同じフランスの精神医学者であるG.G.deクレランボーにちなんで名付けられた。
このクレランボー症候群の最も特徴的な症状、それは相手が好意を持っているという事実的根拠が無いにも関わらず、相手が自分を熱烈に愛しているという強い確信を持っているということだ。この確信ある妄想を訂正するのは非常に困難である。
例えば、「あなたの事が好きではない」と、クレランボー症候群の患者に説明しても「相手が自分を試している」「意地悪をしている」などと好意的に解釈して、それをなかなか受け入れようとしない。別の相手と親しくしているならば「自分のことについて相談している」「自分に見せつけて嫉妬させようとしている」「誰かが自分と相手の離別を企んでいる」と思い込み、結婚しようものなら「結婚相手に脅されているに違いない」と考えて、脅迫や暴力などといった犯罪行為にまでエスカレートすることがある。
クレランボー症候群の患者は、対象となる相手の言動をしばしば神秘的または運命的な出来事として受け取る傾向にあり、相手とのやりとりについて話を大げさに誇張したり、架空のエピソードを作り上げたりするといった妄言がみられることもある。患者にとって、相手と血液型が同じであるのは運命以外の何ものでもなく、相手が道の向かい側から歩いてくることは奇跡としか言いようがないのだ。このように様々な体験を通じて患者の思い込みはより強固なものになっていく。
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クレランボー症候群の患者が妄想対象としやすい相手は何らかの要職に就いていたり、高給であるといった社会的地位の高い人物であることが多い。
このクレランボー症候群の病態であるが、統合失調症などでみられるような幻聴や幻覚などが見られないことからパーソナリティ障害に近い疾患と考えられているが、統合失調症や双極性障害などにおいても躁状態が悪化するとクレランボー症候群に類似した症状が現れる場合がある。
クレランボー症候群は男女共に見られるが、女性が発症する割合が高いと言われている。しかしながら、男性が発症した場合は暴力などの犯罪行為に繋がる可能性があるため早急な治療が必要となることもある。
治療では、一般的なカウンセリングによる効果はあまり期待できず、患者が相手に対して危害を加える可能性があると判断された場合には入院による制限または拘束などといった措置が行われる。
このクレランボー症候群は、イギリスの小説家であるイアン・マキューアンの小説『愛の続き』で掲載されており、小説では本疾患の一端を見ることができる。興味のある方はぜひ一読しておこう。