二枚貝でがんが”伝染”する、二枚貝播種性新形成(BTN)とは?

2019年11月17日


Mussels flickr photo by Anna Barnett shared under a Creative Commons (BY) license

オーストラリアのタスマニア州では、タスマニアデビルという大変愛らしい固有種が生息しているが、ある奇妙な病気によって絶滅に追い込まれている。デビル顔面腫瘍性疾患(DFTD)と呼ばれる”伝染するがん”が広まっているのだ。

伝染するがん

通常、ヒトではこのようにがんが伝染するような疾患は知られていない。感染するとがんを発症しやすくなるようなウイルス、例えば肝臓がんを引き起こすB型肝炎ウイルスや子宮頸がんを引き起こすヒトパピローマウイルス、成人T細胞白血病を引き起こすヒトTリンパ好性ウイルスといった腫瘍ウイルスは知られているものの、このデビル顔面腫瘍性疾患ではがん細胞が直接、伝染性を有しているのだ。

がん細胞が直接伝染するような病気は、タスマニアデビルが感染するデビル顔面腫瘍疾患(DFTD)と、イヌにおいて発生する可移植性性器腫瘍(CTVT)、そして二枚貝に感染する二枚貝播種性新形成(Bivalve Transmissible Neoplasia:以下、BTN)が存在する。いずれもごく最近になって明らかになった病気で、DFTDとCTVTはいずれも2006年、BTNは2009年になってようやく伝染性のがんであることが明らかになったという。これらの伝染性腫瘍のうち、特に二枚貝において伝染性を有するBTNは非常に興味深い性質を持っている。

二枚貝播種性新形成(BTN)

DFTDはタスマニアデビルだけに、CTVTはイヌだけに感染するが、この二枚貝播種性新形成ではオオノガイ、ムラサキイガイ(ムール貝)、ザルガイ、ニヨリヨーロッパアサリ、チリイガイなど様々な二枚貝間で感染することが分かっている。しかもBTNは他の伝染性腫瘍とは異なり、なんと物理的な接触が無くても海水を通して伝染していくのだ。

さらに、発見されている細胞株の種類も多い。タスマニアデビルに感染するDFTDは1種、イヌに感染するCTVTは2種のみだが、BTNでは少なくとも5種類以上もの細胞株が知られているのだ。
このBTNが地球の歴史においていつから存在するのかは分かっていないが、遠い昔にいくつかの二枚貝で偶然変異したがん細胞が、それぞれ独自に同種の二枚貝へと感染し、さらに他の種類の二枚貝にも感染する能力を獲得したと考えられている。

伝染して異常増殖したがん細胞は、感染個体の遺伝子型とは全く異なるものだ。しかし、そのがん細胞の遺伝子を調べることによって、どのような二枚貝が起源であったのかを知ることができる。
2019年11月5日に学術誌『eLife』で新たに発表された研究によると、フランスに分布するヨーロッパイガイと南米に分布するチリイガイに感染していたBTNのがん細胞を調べた結果、北米およびヨーロッパ沿岸に生息するキタノムラサキイガイという二枚貝が起源であることが判明した。
この研究成果はBTNにおける起源の一部を解明しただけでなく、たった1種類のがん細胞株が、遠い海を越えた場所で広がっている事実を浮き彫りにしている。


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二枚貝播種性新形成は人間の活動により広まった?

これらの世界的な分布を考慮すると、もしかしたらBTNは人間の活動によって広まったのかもしれない。例えば、多国間を運行する船舶に付着した貝や、船舶に積み込まれるバラスト水が考えられる。

貨物船などの船舶は、ある程度の積載量に耐えるよう設計されて作られているため、輸送物が積載されていない状態では逆に”軽く”なって船体が浮いてしまい、不安定な状態になってしまうのだ。これを防ぐために存在するのがバラスト水で、輸送物が積載されていない状態で出航する際に、バラストタンクと呼ばれる場所にあらかじめ大量の海水を積むことで船体を安定させるのだ。いわば、バラスト水は船舶の”重し”として利用される海水のことである。

バラスト水は積載する際に排出されるが、このとき排出される海水は出港時のものであって、現地の海水とは異なるのだ。BTNは、こうしたバラスト水などに混入して全世界へと広まったと考えられている。

BTNに感染した二枚貝は、食べても問題はないとされている。この病気が二枚貝で流行することによる人間への影響は未知数であるが、生態系において大きな脅威であることは間違いない。何らかの対策を講じなければ、今よりもっと深刻な状況に陥る可能性がある。
一方で希望もある。BTNの研究が進めば、移植性腫瘍への理解が深まり、病気に苦しむイヌやタスマニアデビルを救い、さらには私たちのがん研究にも応用できるかもしれないのだ。

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