ある難病の抑制にコーヒーが有効であることが偶然にも実証される

フランスに住む11歳の少年はこれまでジスキネジアと呼ばれる症状に悩まされてきた。ジスキネジアは自らの意思とは無関係に筋肉が動く症状で、原因によっていくつのタイプに分かれるが、彼の場合はADCY5遺伝子の異常によって引き起こされるもので治療は非常に難しい。

彼の両親はあるきっかけから、息子にコーヒーを与えると発作を抑制できると分かり、それ以降は息子に毎日エスプレッソコーヒーを2杯分を飲ませ続けてきた。実際に、症状はかなり緩和されていたという。
しかし少年の両親はある日、間違ってカフェイン抜きのコーヒーを購入してしまい、そのことに気付かないまま息子にカフェイン抜きのコーヒーを出してしまう。その日から少年には再びジスキネジアの症状が現れるようになり、症状が激しくなってきた4日後に両親は息子を病院へと連れて行ったという。両親がカフェイン抜きのコーヒーをずっと息子に出し続けていたと気付いたのはそのときだった。

この症例を報告したピティエ・サルペトリエール(Pitie Salpetriere)病院の医師、エマニュエル・フレモンローズ(Emmanuel Flamand Roze)氏は、「医学史に刻まれる偶然の大発見」と述べているという。実は、少年とその両親は偶然にも二重盲検法(にじゅうもうけんほう)と呼ばれる試験方法を行っていたというのだ。
一般に、ある病気に対する薬品の効果を調べるときにはこの二重盲検法と呼ばれる試験方法が利用される。これは、プラセボ効果と観察者バイアスの影響を防ぐための試験方法なのだ。

プラセボ効果と観察者バイアス

治療試験を受けている患者では、たとえ薬に効果が無かったとしても”薬を飲んでいる”と思い込むことで症状が改善されることがあるのだ。これはプラセボ効果と呼ばれるもので、この心理的効果を防ぐために、治療試験では本物の薬と偽物の薬の2つを用意して、患者にはどちらを与えたか分からないようにする。もし偽物の薬を与えた患者よりも、本物の薬を与えた患者の方が優位に効果が見られた場合、その薬では有効性が確認されたことになる。

一方で、薬の効果を確認する医師は、試験を行っている薬の効果を期待して、無意識に本物の薬を与えている患者では好ましい評価を行ってしまう心理的傾向がある。これは観察者バイアスと呼ばれるもので、この心理的効果を防ぐために薬の効果を確認する医師も本物の薬と偽物の薬のどちらを患者に与えたのか分からなくする必要があるのだ。

このように、プラセボ効果と観察者バイアスを防ぐためには、患者も医師も本物の薬か偽物の薬か分からない状況で試験を行う必要があるのだ。この試験方法を二重盲検法という。
今回のケースでは、少年も両親も「カフェインが抜かれているコーヒーかどうか分からない」という二重盲検法と同様の状況下で、症状が悪化するという結果が得られた。意図せずして両親と少年は二重盲検法の治療試験を行い、コーヒーに含まれるカフェインの有効性を証明したということになる。

もちろん、彼の病気にカフェインが有効であることを確実に証明するためには本来、もっと多くの被験者が必要であるが、彼の病気のように稀な症例では被験者を集めることは難しく、もし二重盲検法で試験を行うことができたとしても、偽薬を与えられている患者では症状が悪化するという事態に見舞われかねない。彼にとっては辛い出来事であったが、今回の”実証”は治療薬の開発を行うヒントになるかもしれない。