貝の食中毒で記憶喪失?危険な毒「ドウモイ酸」とは?

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1987年にカナダ東海岸のプリンス・エドワード島で食中毒事件が起きた。食中毒の原因となった貝はムラサキイガイ。いわゆるムール貝と呼ばれる種類だ。食中毒の患者の数は107名、そのうち3名が死亡するという悲劇的なものであったが、事態はそれだけにとどまらなかった。食中毒患者には一般的にみられるような食中毒の症状であるおう吐や下痢などの胃腸障害だけでなく、けいれんや平衡感覚の消失、混乱・昏睡状態に陥るなどの神経障害までもがみられ、さらには患者のうち12名に記憶喪失がみられたのだ。

貝が原因で食中毒が起きること自体は珍しくない。一般的に知られるものはノロウイルスによるものだ。今回の食中毒のようなムール貝をはじめ、多くの二枚貝は海水を体内に取り入れてプランクトンを摂取している。そのため、海水中に含まれるウイルスなどを体内に蓄積してしまうのだ。(参考記事:カキで食中毒になってしまう原因とは?)

この食中毒を詳しく調べた結果、原因はケイ藻と呼ばれる藻の仲間であることが分かった。このケイ藻類がドウモイ酸という毒を作り出し、貝がケイ藻を海水と一緒に取り込むことで、貝にこのドウモイ酸が蓄積されたのだ。実際に、プリンス・エドワード島周辺の海を調べたところ、ケイ藻の一種であるプセウドニッチアが大量発生していることが明らかとなった。

これまでに知られていた貝毒は渦鞭毛藻(うずべんもうそう)という藻の仲間が主な原因であったが、ケイ藻が原因となったのはこの事件が初めてであり、全世界から注目を集めることとなった。

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ドウモイ酸は一般的な調理による加熱では分解されないため、予防は難しい。海外では食中毒発生以降、ドウモイ酸の基準値が定められており、検査が行われている。

この事件以降、ドウモイ酸による食中毒被害は特に報告されていない。しかし、これはあくまで人間の場合のみだ。世界各地ではイルカやクジラ、ラッコ、アシカなどの動物の大量死が相次いで報告されている。大量死が発生した地域のアシカには、体が震えるなどの異常がみられ、糞からは大量のドウモイ酸が検出されたのだ。ケイ藻が作り出したドウモイ酸は、食物連鎖によって貝やカニ、小魚というように徐々に広がっては濃縮し、さらにはクジラやアシカ、海鳥に至るまで非常に数多くの動物に影響を与えている。

このドウモイ酸が原因とみられる動物たちの大量死は、単なる自然の脅威とは言い難い。ドウモイ酸を作りだすケイ藻が世界各地で大量発生しているのは、海水温の上昇が大きな原因の1つであるからだ。海洋は地球の熱を吸収する。例えば、1971年から2010年までの間に地球で蓄積された熱エネルギーの90%以上は海によって吸収されているのだ。地球温暖化が進行すれば海水温は上昇し、ドウモイ酸を作りだすケイ藻が大量発生しやすくなる。地球温暖化の影響は、単純な気温の上昇や気候の変化だけではない。姿・形を変えてゆっくりと、確実に私たちに迫っているのだ。