全世界で戦争よりも多くの死者を出した「スペイン風邪」とは?

スペイン風邪で混雑する基地

各国の医療機関は、新型インフルエンザの動向に懸念を強めている。感染力が非常に強く、ほとんどの人が免疫を持たない新型インフルエンザは、世界的な大流行「パンデミック」を引き起こしかねないからだ。人類はかつてこの新型インフルエンザによるパンデミックを経験している。第一次世界大戦の終戦前に出現し、猛威を振るったスペイン風邪だ。

1918年の3月初め頃、アメリカのカンザス州ファンストン基地には全米から多くの若者が集められていた。スペイン風邪の最初の感染は、このファンストン基地で起きたとされている。原因不明の感染症によって兵士たちは次々と倒れ、感染は各地の駐屯地にも広がっていった。兵士はニューヨークに集められ、予定通りヨーロッパ西部への大規模な外征が行われたが、向かう途中の船内で少なくとも4,000人以上がこの感染症によって亡くなったという。

感染症はヨーロッパ西部に到着したアメリカ軍からやがて連合国であるフランスやイギリスにも広まり、敵国であるドイツ軍や周辺国のスペインにまで感染が拡大した。このとき、各国は謎の感染症によって自軍が弱体化していることを他国に知られないため、そして軍の士気を損なわないために徹底してこの感染症に対する情報統制を行っていた。しかし、第一次世界大戦で中立を保っていたスペインだけが、この感染症についての情報を全世界に向けて報道していたのだ。この感染症に当時の国王であるアルフォンソ国王も感染して注目を集めたこともあって、やがてこの感染症はスペイン風邪と呼ばれるようになった。

スペイン風邪の病床

このスペイン風邪がドイツを通り過ぎて、ポーランドにまで拡大したときにはまだ7月であった。意外なことに、このスペイン風邪は夏に流行したのだ。8月になるとスペイン風邪の致死性が非常に高くなり、猛威を振るい始める。流行は世界各地の港町で起こり、主要な運輸経路に沿って町から町へと拡大していった。

スペイン風邪が冬に再び大流行し、翌年の春に終結するまで世界中に甚大な被害をもたらした。推計によって大きく差はあるが、感染者数は全世界で6~10億人、死者数は2000~5000万人にのぼり、最大推計では1億人にも達したという。この数は渦中にあった第一次世界大戦の死者数をも上回るものであり、戦争終結を早めた遠因であるとも言われている。

このスペイン風邪は低病原性のH1N1亜型のインフルエンザウイルスが原因であることが後に明らかとなり、致死率は2.5%といわれている。しかし、各国が懸念を強めている高病原性鳥インフルエンザのH5N1型の致死率は最大で60%以上といわれており、脅威的なまでに高い致死率であることが分かる。いつか訪れるであろうパンデミックまで、人類に出来ることは、残されている時間はどれくらいあるのだろうか。