人体を蝕む、正体不明の奇妙な寄生虫「芽殖孤虫」とは?


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1914年、熊本県在住の18歳の女性はある日突然ひどい悪寒に襲われた。同時に、彼女の左側大腿部の一部は赤く腫れあがった痛みのある腫物ができていたという。腫物は月日が経つにつれ次第に大きくなり、痛みも強くなっていったので病院での診察を受け、手術を受けることとなった。

腫物を切開して膿を排出すると症状は軽快したが、しばらくして同じような腫物が再び数個現れた。20歳頃になると腫物は患部から徐々に広がり、右下肢や下腹部にも腫物が現れ始め、その度に切開を行った。

しかし異変はこれだけにとどまらず、次第に運動麻痺や知覚麻痺などの症状まで現れたという。さらに、腫物ができた皮膚は肥厚化して垂れ下がり、その表面には無数の結節が見られた。これらを切開して内部を掻き出すと、なんと数mmから数十mmの白く不定形の小さな虫体が多くて50~60匹も出てきたという。1920年に女性は入院し、肥厚部の切除や嚢胞の切開を数回行ったが翌年に熱や嘔吐、肺炎なども併発させ息を引き取った。検死を行うと遺体からは骨質を除きほぼ全ての臓器に虫体が見られたという。

彼女の身体を蝕んだのは芽殖孤虫(Sparganum proliferum)という寄生虫で、1904年に日本で初めて発見され、その後台湾やアメリカ、カナダ、パラグアイ、ベネズエラからこれまでに世界で14例が報告されている。そのうち6例は日本からの報告だ。

日本での発症例において、患者の住んでいた地域は東京や京都、熊本など広く、患者の年齢も10代から60代と幅広い。職業も教師や主婦、僧侶などで、いずれも共通点は見られない。

人体に寄生した芽殖孤虫は皮膚下を移動しながら腫瘤を形成し、内部で出芽と呼ばれる生殖方法で分裂し無性的に増殖する。名前の”芽殖”はこの生殖方法に由来している。初期症状として多くは大腿部に痒みや痛みのある腫瘤や結節が見られ、これが大腿部から次第に全身へと広がっていく。皮膚下には無数の結節が現れ、これを破ると数匹の芽殖孤虫が出てくる。やがて運動障害や言語障害なども併発し、脳を含めたあらゆる臓器が蝕まれやがて死に至るのだ。

寄生虫には中間宿主を経て分裂しながら環境を移動し、終宿主で有性生殖を行うものが存在する。芽殖孤虫も同様の生活史を持つと考えられているがヒトは芽殖孤虫にとっての中間宿主であり終宿主ではない。つまりヒトの体内では成虫になることはできず、幼虫のまま分裂して増殖するのだ。芽殖孤虫の”孤虫”には”親(成体)が分からない孤児の虫”という意味がある。感染経路も判明しておらず、また成虫も明らかではないため、芽殖孤虫の生活史は未だに謎に包まれている。

虫体は白く柔軟で、伸縮性がある。形状は不規則で複雑であり、小さなもので体長3mm程度、大きなもので体長50mmにもなる。興味深いことに、寄生組織の柔らかさや密度によって大きさや形状が異なり、例えば柔らかい臓器内では大きく塊状の虫体が多く、密度の高い部位では小さくひも状の虫体が多いという。

この寄生虫が引き起こす芽殖孤虫症は世界的な症例が少なく、また培養法も確立されていないため研究が難しく予防法や治療法は確立されていない。
この恐ろしくて奇妙な寄生虫の標本は東京都にある目黒寄生虫館(入場料無料)で見ることができる。目黒寄生虫館には寄生虫に関する300点以上もの本や写真、資料が多く展示されているので興味のある方はぜひ足を運んで頂きたい。


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