戦時中に偶然作られた「ジュラルミン」とは何か?

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ジュラルミンという言葉は聞く機会こそ多いものの,それが実際にどのような物質であるのかについてはあまり知られていない。そんなジュラルミンと,その歴史を紐解いていこう。

ジュラルミンはそもそもアルミニウムに対して銅を約4%,マグネシウムとマンガンをそれぞれ約0.5%加えて作られた軽合金で,1906年にドイツのアルフレート・ウィルムによって偶然,発明されたものだ。
鋼は過熱した後で焼き入れを行うと硬化して強度が増す。ウィルムは1903年以降より,適当な元素を添加したアルミニウムの合金で同様の現象を試みていたが,焼き入れをしてもそれらが硬化することはなかった。

ところが,1906年9月のとある土曜日に硬化に失敗したはずのアルミニウム合金が2日後となる月曜日に著しく硬化していることを発見した。ウィリアムは,この時効硬化現象の発見とともにジュラルミンを偶然にも発明していたのだ。

名称の「ジュラルミン」はこのアルミニウム合金を初めて商品化したドイツのデュレナ・メタルヴェルゲ社の商品名であり,ドイツ西部のノルトラインウェストファーレン州にある工業都市”デューレン”と”アルミニウム”の合成語であるという。

ジュラルミンの重量は同体積の鋼の1/3強と軽量だが軟鋼ほどの強度があり,航空機や自動車などの構造素材として使用されている。

その後もジュラルミンは改良され,銅とマグネシウムの量をやや多く加えた超ジュラルミン(SD)が作られ,現在では銅を減らし亜鉛とマグネシウムをより多く加え,さらに強度を高めた超々ジュラルミン(ESD)が使用されている。

日本でのジュラルミンは1916年にロンドンに駐在していた日本の海軍監督官が墜落したツェッペリン飛行船からジュラルミン製の骨材を入手し,これを日本の住友伸銅所に調査依頼を行った事がきっかけで1921年には日本でもジュラルミンが工業生産されていた。ちなみに,元となったツェッペリン飛行船の一部は現在でも株式会社UACJの技術開発研究所に保管されている。

また,戦時中に海軍航空技術廠からの依頼により戦闘機の性能強化を依頼された住友金属工業(旧:住友伸銅所)によって,当時ジュラルミンが改良された超ジュラルミンを超える超々ジュラルミンの開発に成功し,零戦の主翼などに構造素材として利用された。

偶然によって生み出され,長年の研究によって改良されたジュラルミン。軽くて強いこの合金は多くの乗り物に利用され,人知れず私たちを守り続けていたのだ。