プロのサッカー選手は認知症リスクが高い

2019年11月10日


05/05/2016 – Sevilla FC – FC Shakhtar Donetsk – 3:1 flickr photo by Aleksandr Osipov shared under a Creative Commons (BY-SA) license

適切な食事管理、十分な睡眠、そして筋力トレーニング――自らの身体が資本であるアスリートたちの生活は、健康的な生活そのものだ。その一方で、過酷なアスリートの世界では、普段の生活なら受けることのないような大きな負荷や衝撃によって、結果として健康を損なってしまう場合もある。

スコットランドのグラスゴー大学の顧問神経科医であり、名誉臨床准教授であるウィリー・スチュワート准教授の研究チームは、1900年から1976年にスコットランドで生まれた元プロサッカー選手約7,700人と、一般人23,000人の死因を比較して分析した。

その結果、プロのサッカー選手では肺がんなどの一部のがんや心臓病などの死亡リスクは低下する一方で、アルツハイマー病のリスクが5倍、パーキンソン病のリスクが2倍、運動ニューロン病のリスクが約4倍になることが明らかとなった。
この論文はマサチューセッツ内科外科学会によって発行されるアメリカの医学雑誌『The New England Journal of Medicine』に2019年10月21日付けで掲載された。

アルツハイマー病は認知症の最も一般的な原因の一つで、記憶や思考能力が低下する病気だ。パーキンソン病は脳の異常によってふるえや歩行障害などが起きる病気で、運動ニューロン病は運動をつかさどる神経の障害によって、筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの筋力の低下や筋委縮が起きる病である。
いずれも、脳にある神経系の異常によって起きる神経変性疾患と言われている病気だ。今回の研究によって、元プロサッカー選手はこれらの神経変性疾患によって死亡するリスクは約3.5倍になるという。

なぜプロのサッカー選手は神経変性疾患にかかりやすいのか?

サッカー選手が酷使するのはボールを追いかけ、そして蹴るための足だけではない。トップクラスであるからこそ、ヘディングは非常に重要なテクニックとして頻繁に活用されるのだ。急角度から飛んできた高速パスを、飛び込みながら頭部で強引にゴールと叩き込む――サッカーボールが大きく変形するほどの衝撃は、並大抵のものではない。

このような、ヘディングにおける脳への影響は、2013年に医学誌『Radiology』で発表されたアルベルト・アインシュタイン医学校の先行研究から既に示唆されている。この研究チームは、健康なアマチュアサッカー選手37人を対象に集中力・記憶力を試すテストや脳の断層撮影検査などを行って、ヘディング回数との相関性を調べた。

調査の結果、ヘディングの回数が900~1,500回に達した選手では断層撮影検査で脳の損傷が認められ、さらにヘディングが1,800回以上に達した選手は記憶力に問題がみられたという。
ただし、10か月にも及ぶ調査期間のうち、最もヘディングが多い選手では5,400回にも上ったが、最もヘディングが少ない選手では32回程度と大きな開きがあったため、個人差による影響があまりに大きいことや、調査対象者が少なかったことが指摘されていた。今回発表されたグラスゴー大学の研究は、大規模な調査によってヘディングにおける脳への影響を裏付けるものとなった。

ヘディングによる脳震盪のリスクも

アメリカ・サッカー協会では、2015年に10歳以下の子どもがヘディングを行うことを禁止させており、11歳~13歳までの子どもでは練習中のヘディングの回数に制限が設けられている。これは、今回の一連の影響によるものではなく、脳震盪(のうしんとう)を防ぐためのものだ。アメリカでは以前より、サッカーやアメリカンフットボールでたびたび発生する脳震盪が問題とされていた。

脳震盪とは、頭部に損傷を受けることによって生じる一時的な記憶・意識障害のことで、アメリカではスポーツに関連して起きる脳震盪が、年間20万人から最大で380万人も発生していると推定されているという。推計に大きな開きがみられるのは、病院に行かなかった場合や報告されなかったとされる症例も概算値に含まれているからだ。
子どもたちでは特に脳への影響が深刻であり、増加傾向にあった脳震盪の報告を受けてアメリカ・サッカー協会は規制へと踏み切ったのだ。

ヘディングはしない方が良いのか?

今回の研究はあくまでプロサッカー選手を対象とした研究であり、私たちが趣味としてサッカーを行ううえでは、特に心配は必要ないだろう。ヘディングによって生じた脳の小さな損傷は、私たちに備わっている修復力によってある程度は回復すると考えられている。
ただし、アルベルト・アインシュタイン大学の研究にもあるように、かなりの頻度でヘディングを行う選手では軽度の記憶障害が発生する場合もあるので、ヘディングを積極的に多用するようなプレイは避けた方が良いだろう。特に子どもの場合は大きな影響を及ぼすこともあるので、保護者や責任者はリスクを十分に把握して指導を行うべきである。

また、脳震盪を起こした選手では、再び脳震盪を起こす可能性が通常の2~4倍高くなることが知られており、頭部への軽度の衝撃でも脳震盪を引き起こしやすくなる。脳震盪を経験したことのある人は特に注意しておく必要があるだろう。
戦略を考えるうえで”頭”は存分に使うべきだが、実際の”頭”はあまり酷使しないように。無理のないプレーを心掛けよう。

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エピネシス・コラムズ
本稿における運動ニューロン病は、脳にある運動ニューロンの異常が原因となる上位運動ニューロン障害のことを指します。

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